9月15日
桜が丘に来てから初めて、記念会にて奉仕を行いました。この世の命を終えられ、天の御国で過ごしている家族を思いながら、親族が集い、ともにおられる主に祈りをささげ、御言葉によって慰めや励ましを受けるときが記念会です。実家の家業である仕出し屋の影響もあり、仏式の法事の様子は数え切れないほど見てきましたが、実は私にとっても記念会はほとんど経験がありませんでした。
神学校にいた時に、葬儀や記念会に重荷を持って牧会されていた牧師からこのように言われたのを思い出します。
「葬儀や記念会は、伝道の格好の場かもしれないが、ぜひ故人の証を大切にしましょう。
御言葉を通して、故人に証をしてもらいなさい。
家族は故人の思い出を通して主と出会うことができるような場に整えましょう。」
記念会に来た人の顔を見ると、教会への違和感はなく、家族が再会し、子どもたちが成長し、新しい命に感動し、みな笑顔で過ごしていました。その場に呼び集めたのは記念会の中心となる故人です。死を迎えてもなお、記念会を通して、多くの親族が主の前に呼び集められたことは、地上の歩みがいかに愛に満ちておられたのかを感じました。
その愛を見たとき、それが信仰によるものであること、その信仰によって、天に希望を持ってこの地を旅立たれたことを思うと、主の恵みが変わることなく、私たちに与えられているのだと再確認しました。
いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。
その中で一番すぐれているのは愛です。
1コリント13:13