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みことばはみがき No.109

   エゼキエル 22:30
   この地を滅ぼすことがないように、わたしは、
   この地のために、わたしの前で石垣を築き、破れ口に立つ者を
   彼らの間に探し求めたが、見つからなかった。
 
 私の出身の神学校である東京基督教大学を知り、励まされ、応援する集会、TCU学園デーが行われました。私は地区代表者として集会の段取りと司会を担っていました。
 人数は少なくとも、約半年かけて必要なことを準備してきましたが、直前で息子が入院し、事前準備を行う時間がなくなってしまい、少し心配になりました。
 木曜日のお昼に退院し、何とか当日までに必要なことや不安なこと、日曜日の礼拝の準備を整えていきました。

しかし、当日の早朝にケイタイにメッセージが届きました。
 「流行の病に陽性になりました。熱は下がっていますが、リモートでなら奉仕できます」
 それを見た瞬間、すぐに返信し、電話に切り替え、対応することにしました。

 準備委員の先生方にすぐに連絡をとり、午前中からお昼までかかりながらも、なんとか集会を成立させ、オンライン配信も無事に行うことができました。
 予定通りにいかない破れかぶれの1週間は、私の力ではなく、主の憐れみと守りによって守られたものとなりました。


    自らの歩みに破れが生じなければ
    その破れ口におられるキリストに気付けない

みことばはみがき No.108

   2コリント  12:10
   ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、
   苦悩、迫害、困難を喜んでいます。
   というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。   
 
 元気そうに過ごしていた息子が夜に39度を超える熱を出し、一晩様子を見ようか、夜間緊急診療のできる病院へ行こうかと夫婦で悩んでいました。1時間だけ様子を見て、熱が下がらないなら向かおうと決め、その後病院に向かうことになりました。

 検査の結果、緊急で入院することとなり、子どもを預けられないため、付き添いで私も入院生活となりました。何も聞かされないまま点滴を打っている息子を見守りながら朝を迎え、寝返りさえも不自由にしている様子に胸が痛くなりました。

 予定されていた集会も形式を変更し、会議も延期させてもらい、多くの方にご迷惑をおかけいたしました。そして家との往復をしてもらった妻と入院中1度も会うことができなかった娘には大きな負担となりました。

 しかし、どんなに大きな負担であっても、息子と二人で朝から晩まで、ほぼ一緒に過ごすことができたのは親として大切な経験となりました。その土台には主に与えられたいのちと時間と関係があることを改めて確認することができたからです。

 ただ、こんなにも大胆にこの場を用意してくださらなくても、と主に伝えておきたいなとも思いました。


    困難によって身が削られ
    削られた身を浸すと良い出汁となる

みことばはみがき No.107

   1コリント  3:8
   植える者と水を注ぐ者は一つとなって働き、
   それぞれ自分の労苦に応じて自分の報酬を受けるのです

 春先に植えたレタスとブロッコリーを収穫しました。これまでサンチュやバジルを育てたことはありましたが、本格的な結球野菜を植えたのは初めてでした。収穫のタイミングが分かりませんでしたが、早く取った方がいいよというアドバイスがあり、娘が日中にいる土曜日に取りました。

 これまで、娘と一緒に成長の様子を観察したりしながら、おいしくなーれと声をかけながら水やりをしていました。そして収穫してお昼ご飯に一緒に食べようねと約束し、サラダにして食卓に載せてもらいました。
 普段、生野菜を食べる機会がない娘も、おいしいねと言ってレタスを食べていました。その様子を見ながら、庭先のプランターで育てた野菜の味やコスト以上に、大切なものを見せてもらったような気がします。

 良い形に結球した様子。そこの部分を食べていたナメクジとカタツムリ。新鮮なシャキシャキの歯ごたえ。スーパーでも同じ味を味わえるのに、この感動が味わえないのは、食べるまでにどれだけ愛着をもって接してきたか、育てて来たかの差なのだと感じました。


    愛着は味わいを増し
    執着は味わいを逃す

みことばはみがき No.106

   ルカ 17:20-21
   神の国は、目に見える形で来るものではありません。
   『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。
   見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。

 日本に帰国して、茨城の教会に通っていた時にできた友人が結婚して夫婦で岡山に訪ねてくれました。年齢は10も離れており、初めて出会った時、彼は自転車、私は原付で教会に通っていたことを思い出しながら、懐かしさと過ぎ去った年月を感じました。
 互いにフットワークが軽く、行くと決まれば深夜でも出かけていたノリを、再会した今回も発動してしまい、昼食を表町で食べ、奉還町でスイーツを食べて、教会に到着して10分もしないうちに、せっかくだからと瀬戸大橋を見に出発しました。

 そして、高速道路を走っているうちに彼が寝たことをいいことに、気づかぬうちに瀬戸大橋を渡り、与島のサービスエリアまで進路を変更し、「着いたよ」と一緒に降りてもらいました。彼にとって初めての「四国・香川県」でした。
 しかし四国といっても、本土ではなく、離島のため、堂々と行ったとも言いにくい状況です。その気持ちが再び彼を四国の地にまで向かわせるのかもしれません。

 信仰もまた、天国の雰囲気を知ることはできても、はっきりと行ったとは言えない、期待感を残しておくものなのでしょう。


    少しだけ知ったときほど
    もっと知りたいと願うものである

みことばはみがき No.105

   詩篇 103:15、17
   人 その一生は草のよう。 
   人は咲く。野の花のように。

   しかし 主の恵みは とこしえからとこしえまで
   主を恐れる者の上にあり
   主の義は その子らの子たちに及ぶ

 毎年恒例となっている和気町の藤公園に行ってきました。初めて訪れたのは桜が丘に来て間もない頃、夫婦にとって初めての岡山観光となりました。
 娘が生まれて一緒に行けたとき、いいにおいを嗅いだ娘の笑顔が印象的でした。

 今年は息子も前抱っこで加わり、夕方から日暮れの時間帯に訪れたこともあり、4人での大切な思い出となりました。においよりも目の前にある花をつかみ取りたい気持ちが伸ばした手に表れていました。
 そして誰よりも楽しみにしていたのが、紫色のチマチョゴリを着て待っていた妻でした。車での移動が長くなったり、子どもたちを連れて歩いて回るのだけでも大変な中で、藤棚の下で笑顔溢れていました。

 そんなことを言いながら、実は家族の様子をこうして思い出に記している私が、きっと家族の中で一番、楽しんでいたことでしょう。藤を見ている時間も有意義でしたが、家族の喜ぶ顔を見られることはさらに幸いな時間だったと思います。


    自分が笑顔になることよりも
    隣人を笑顔にすることの方が幸せである

みことばはみがき No.104

   使徒 27:43-44
   百人隊長はパウロを助けたいと思い、彼らの計画を制止して、
   泳げる者たちがまず海に飛び込んで陸に上がり、残りの者たちは、
   板切れや、船にある何かにつかまって行くように命じた。
   こうして、全員が無事に陸に上がった。
 
 教団の宣教大会の委員会のために、東京へ出張に行ってきました。できる限り日曜日の準備を早めに行い、礼拝に支障が出ないように計画しました。
 予定通り東京へ行き、会議も充実しました。青年たちや先生方との交わりも深まり、大きな刺激となりました。

 しかし、問題は私の手の届かないところで起こりました。当日の大雨の影響で岡山空港が視界不良となり、飛行機が飛べるのかどうかの天候調査が入ったのです。場合によっては別の空港に着陸したり、引き返すことにもなるとのことでした。

 翌日に礼拝があるため、何とかして土曜日中に家に到着したいと思い、確実に着陸できる伊丹空港へ路線を変更して搭乗することにしました。伊丹からバスで新大阪駅、そして新幹線で岡山、在来線で瀬戸駅、そしてタクシーで帰宅と、ありとあらゆる交通手段を駆使して、何とか24時前に到着することができました。

 結果的に当初の便も20分遅れで岡山空港に着陸したとのこと。それを聞いた私はもったいないよりも、どちらも無事でよかったと感じました。


    帰れない不安と苛立ちで待っているよりも
    帰っていく歩みをしている方が平安である

みことばはみがき No.103

   ヨナ 4:11
   ましてわたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか。
   そこには、右も左も分からない十二万人以上の人間と、
   数多くの家畜がいるではないか。
 
 一日を通して全く思い通りにいかない日がありました。朝から洗濯や娘のお弁当を準備し、いざ預かり保育に送りに行くと、その日から幼児園の新学期が始まることが変わり、服装や活動内容が違うことを知りました。

 気を取り直して教会の働きに取り掛かると、思っていたことと違う認識で進んでいたため、やり直し。この時点で心の穏やかさは失われ、かなりイライラしている自分に気が付きました。
 夕方になると、イースターの準備の買い物に出たいと妻から声をかけられ、「もう買ったじゃないか」と心から喉まで声が出かかりましたが、何とか抑えて運転し買い物へ。すると、思っていたのがなかったと言われ、「も~う」と胸の内で叫びました。

 夜になるとなかなか寝付かない息子にいよいよ我慢の限界を迎えてしまい、すべてをシャットアウトしたくなり、布団をかぶり寝ようとした時、一日の様子を見ていた妻から「ちゃんと話をしよう」と声をかけられ、ありのまま一日の経緯を伝えました。

 向き合うことさえ嫌になる時がありますが、イライラした自分に向き合ってくれる人がいることが幸せだと感じました。


    うまくいかない時に私と向き合う人は
    結果よりも大切なものを知っている

みことばはみがき No.102

   箴言 2:5-6
   心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。
   あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。
   主があなたの進む道をまっすぐにされる。

 独立して2回目の教会総会を迎えました。独立前最後の教会総会にて選出された長老、執事の方々の任期は本来であれば1月に満了するところを、育児休業による総会の延期によってこの総会まで役割を担ってくださったことを心から感謝いたします。

 新年度となり、慌ただしい時期になってしまったため、総会に欠席しなければならなかった会員の方には申し訳ない気持ちです。それでも総会が単なる承認会になるのではなく、感謝とビジョンを分かち合う会となることを願いながら備えてきました。

 予定された議案は可決承認され、これからしっかりと計画を全うしていきたいと思います。後日、選ばれた長老たちとともに分かち合う中で一番初めに出た話題が、家族の救いのために何ができるだろうかというものでした。第二期長老会の目線はすでに主の宣教に向いていることに私は感動しました。

 神との交わりを楽しむ信仰生活、みことばに親しむ聖書の学び、教会が居場所となる分かち合いと受け入れ合い。目立った大きな活動ができなくても、毎日毎週の積み重ねの中で恵みの宮としてこの教会で一緒に歩んできたいと願うひと時でした。


    成し遂げた業績の大きさよりも
    神に向かう心の大きさが教会を豊かにする

みことばはみがき No.101

   ルカ 19:5b-6
   「ザアカイ、急いで降りて来なさい。
    わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。」
   ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。
 
 町内会の総会が終わり、新年度に向けての引継を終え、町内会の働きに一区切りがつきました。思えば、岡山に赴任して5年。お隣さんがない教会に住み、初めはどのように地域の方々と知り合い、関わるのだろうと思いながら過ごしていました。

 世の生活全体が忙しくなる中、従来型の町内会奉仕はかなりの重労働となり、担う方も減っているのが現状です。しかし、その奉仕の中でも大きな収穫を得ることができました。

 一つはその役割を通して町内の方々とつながりを持つことができたことです。日々の暮らしの中で用事のない限り関わることのないご近所づきあいですが、顔見知りになるきっかけが町内会の活動でした。顔がわかるにつれて不安は減っていきました。
 もう一つは、クリスチャン・教会以外の人間関係が生まれたことです。教会に居を構える牧師は、関わる人が教会に来る方やクリスチャンだけになりがちです。

 町内会の働きを終えて、町内会長に「ご飯でも食べに行こうや」と声をかけてもらった時、私も町内の一員として受け入れられたのだと心の内で喜び、感謝しました。


    働きにおける信頼関係よりも
    一緒にご飯を食べる関係の方が信頼がある

みことばはみがき No.100

   イザヤ 55:9
   天が地よりも高いように、
   わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、
   わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
 
 第74回教団総会が行われ、その配信を視聴しました。開会礼拝にて理事長の説教の中で、「神は生ける神であり、交わりの神である。無意味な言葉や空虚な言葉を発しない神であり、語られたことばに責任を持たれる神である。」と語られました。
 牧師として神の働きの計画に奉仕する私にとって、とても重い言葉でした。楽しい交わりの中で無意味な言葉や励ましを行っていないか、相手を励ますために空虚な言葉を用いていないかを振り返りながら、口数の多い自分への教育的な戒めの言葉であると受け止めました。

 続けて神の言葉の確かさについて語られる中で、「総会はことばと数を確かなものにする。人間の算段を見通すことだけでなく、計算を超えた神の働きに期待するものである」ことを学びました。

 自分の理解の範疇で収めようとするならば、そこに神の特別な働きに期待を持つ必要などありません。私たちの計画を神の働きを含めて高いところに置くからこそ、祈りと励ましと期待、時には失敗して慰めを与えられながら、証をしていきます。それが宣教する教団、主を証しする私たちの使命であると確認しました。


    道標を手の届くところよりも先に置かなければ
    私たちが歩み出すことはない