「伝えたい福音」
私たちは福音を知らない人に届けることが宣教だと考えてしまいがちですが、パウロにとっての宣教はどのようなものだったのでしょうか。パウロがローマの信徒たちに宛てた手紙からは知らない人だけではなく、あらゆる人に向けたことばが記されています。
パウロは福音を効率的に伝え、あらゆる人々が救われることを目指してはいましたが、決して効率的に伝えることだけに焦点を合わせていたわけではありません。ローマの人々の信仰を喜んでいたことから、福音を受け入れて、福音に生きるその証を受け入れていました。
パウロにとってローマの人々は宣教対象者として考える一方、その地にいるキリスト者たちを部下ではなく、同僚・同労者として敬意を払っていました。文化や生活が異なるゆえに信仰の形に違いはあれど、同じ福音を受け入れた者として、様々な形で福音に生かされてきた人々の証に励ましを受けてきていました。
そしてパウロの宣教の動機はあらゆる人々に対する罪の負い目であると語ります。しかし、この負い目は悲観的なものではありません。戦いに敗れた武士が敵方に処罰されるのではなく、登用されたような負い目です。一度失ったも同然の命であるなら、救ってもらった相手に忠誠を尽くすような歩みです。
パウロは仕方なく福音を伝えていたのではなく、神のへの信仰を持った時、自らの罪の重さを知り、神を傷つけたことを受け入れ、それでも愛してくださる神の使命に生きることで感謝と償いを表そうとしました。その使命こそが異邦人伝道でした。福音はあらゆる人へ届けられ、分かち合われる救いの知らせであり信仰の励ましなのです。