みことばはみがき No.15

   マタイ 25:26
   しかし、主人は彼に答えた。
    『悪い、怠け者のしもべだ。
     私が蒔かなかったところから刈り取り、
     散らさなかったところからかき集めると
     分かっていたというのか。
 
 子どものころ、親に何度も何度も怒られてきた私は、怒りという感情がとても苦手でした。中学生の頃、友人たちと口論になり、怒る自分が嫌で何とか抑えようとしても抑えきれずにキレてしまうこともありました。
大学生になった頃、人間関係も大分変化して、怒るような生活からいつしか離れた私は怒りの感情を落ち込むことに置き換えていました。そのため、怒りと向き合うことをしなくてよくなりました。

 嫌なことを避けることができた時代から、嫌なこと以上に相手とともにいることを選ぶ時代となったとき、再び怒りと向き合う必要が出てきました。
最近、この感情とぶつかりました。私はふさわしい行動をとることができませんでした。あまりにも長い間避けていたので、「怒り」に対する「恐れ」を持っていたのです。それは、怒りに触れず、怒りを静めることを優先し、その原因を見るに至らなかった罪でした。

 怒りの本質を理解するために避けるのではなく、向き合い、砕かれなければ、小さな器のままで憐れみを取りこぼすと知りました。


   砕かれない器はいつまでも小さく
   自らを差し出す器は磨かれ、より用いられる