光テラス No.32

11月18日
 来年度の計画案を準備するために、今年の活動を振り返りました。昨年の今頃は補教師として教会に仕えることができるかどうかもわからず、不安を抱きながら教師試験の結果を待っていました。
 4月に赴任したときには教会の雰囲気や課題や歴史を知らず、周辺の教会との関わりもどうしてよいのかわかりませんでした。それでも1ヶ月が過ぎ2ヶ月が過ぎ、行事を通して顔を合わせ、奉仕を通して構成する組織や行事の枠組みがわかり、気軽に声をかけて下さる方々に助けられ、支えられて少しずつ適応してきました。
 教会員の葬儀や豪雨災害による支援も経験しました。緊急を要する事態になったときに初めて、想定の大切さと日ごろの準備(心備え)が大切であることを学びました。そして自分から動くことで生まれてくる憐れみや愛があることを知りました。
 会堂内を見渡すと、電子ピアノが新調され、賛美を楽しむ集いが生まれました。納骨室が設置され、地上での歩みを終えてもなお、ここで礼拝に出席できるように整えられました。
 私は神の働きのすべてを見ることも予め知っておくこともできません。しかし、この一年足らずの時間だけでも、神の大きな御業と力の中で、働きに加えられていることは明らかでした。だから私はこれから起こることがわからない、と不安を覚えるのではなく、祈って待って、ひたむきに歩んで行きたいと思いました。

    神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
    神はまた、人の心に永遠を与えられた。
    しかし人は神が行うみわざの始まりから終わりまでを
    見極めることができない。
                   伝道者の書3:11